ゆとり教育の象徴的なものに「総合的な学習」というのがあります。
教科書に載っていないことを総合的に扱い、「生きる力を育てる」というものです。
国際理解・福祉・情報教育などが具体的な柱と示されたものが、
何をしても良い状態になり、陰では通常の授業をおこなっていた学校もあると聞いています。
また、修学旅行や学校祭など、すでに総合的な力を要求される行事があるのに、
それは「総合的な学習」には含まれないという矛盾。
結局、教科書の中身は少なくなり、基礎基本が身に付かないから、
「総合的な学習」で応用というわけにもいかず、体験的なものが多くなりました。
施行前に実験的に取り入れた学校は、優秀な生徒が通う学校ですから、
素晴らしい実績を残すでしょう。それを普通の学校に入ってきたときは、
パニックでした。なぜなら、最近の生徒はじっと座っていることすらできないのですから。
通常の授業より、体験的な授業が増え、そして、小学校から「総合的な学習」をしているの
ですから、授業を受けるという基本的なことができなくなってしまったのです。
「生きる力を育てる」どころの話しではありません。
制度が先にあって、中身は現場で考えろって言っているみたいです。
その割りに教育委員会は、これはダメ、あれはダメとうるさいのです。
それから、選択教科は、個性を伸ばすためのもの。
とはいいつつ、「学校選択」という形で、通常授業に加えていた学校もあるそうです。
生徒個人の要望なんて聞いている余裕はありません。
先生の数は限られているので、学校として可能な教科数しか選択できないし、
内容は、決められています。決めないと収拾がつかなくなってしまうのは、
想像にたやすいでしょう。
せめて、高校の理系コース・文系コースみたいにきちんと教科書があって、
カリキュラムがしっかりしていないと、思いっきり手抜きもできます。
毎時間プリント学習なんていうのも珍しくありません。
ゆとり教育の根本的な問題。
教科書の内容を減らすこと。
20個教えることを10個に減らしたとします。
今まで20個のうち、10個しか覚えられない生徒が、
覚えることを10個に減らしたから満点になるかというと、そんなことにはなりません。
やっぱり半分なんです。
つまり、今まで10個覚えられたはずの生徒は、5個しか覚えなくなるのです。
なぜなら、そういう授業をするからです。
1つも覚えない生徒は、やっぱり1つも覚えないですし。
ゆとり教育の世代の方が、「生きる力」がないのは、
あちらこちらで言われていることです。
基礎基本の面で劣っているから、自信がないのです。
高度な社会になっているのに、人間は程度が低くなっていく。
将来の日本はどうなるんだろう、っていう不安が少子化を加速させる。
いじめやひきこもりがゆとり教育の結果かどうかはわかりません。
基本的に人間は、暇なほど余計なことを考えますからね。
忙しい学生ほど、清く正しくやっているじゃないですか。
少年犯罪は、知識の欠如から来るというのも関係ないわけじゃないかも。
週休二日制は、子供が休めば、必然的に会社も休みになるという発想ですが、
効果はあったんでしょうか。
公務員は週休二日制でいいよね、で終わっていないでしょうか。
増えた休みで、自己学習力が高まったとも思わないし。
格差が広がっただけかな。
まあ、エリートを育てようという裏の目的もあったようですから、
貧富の差が、そのまま教育の差になるのは、目的通りだったのかも。
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