2024年アーカイブ

金融経済教育の充実

次期指導要領では金融経済教育の充実を 識者らの研究会が要望書

投資の意義や役割に関する学習を一層充実させるとともに、担当教員を養成する段階で経済学の知識を身に付けてもらったり、お金や金融などの知識を体系的に学べる教科の新設を検討

「日本ではお金の話はタブーと言われ、学校で教えてくれない」として、学校で教えるように要望する声があります。

そもそも「お金の話」とは何かという疑問がありますが、金融教育として「お金の使い方(ローン・リボ)」「資産形成」「金融トラブル」「保険」など、多岐にわたります。記事の中での金融経済教育の最終目標は、投資をすることのように思えます。裏でお金が動いている匂いがプンプンします。「朝の読書」とか、「1人1台の情報端末」とかと同様、対象者が多いので、お金がたくさん動きます。表向ききれいごとで始まるものですが、お金の話でお金を動かすのですからずいぶん直球ですよね。

「お金の話」には、クレジットカードの使いすぎによる自己破産なども話題に上がります。ただ、クレジットカードの話題は、すでに中学校の家庭科の中に含まれています。クレジットカードを使うメリット・デメリットの中で、使いすぎの話は含まれています。実際にクレジットカードを使うことができる年齢ではないので、自分のこととして捉えるのは難しく、記憶から消えてしまうのではないでしょうか。少なくともそういう知識が必要な人ほど。

この授業は、クレジットカードを使うメリット・デメリットを考えさせるのですが、最終的に「クレジットカードは危険です」という流れに誘導されます。なぜなら教科書にそう書いてあるからです。テストにも出題されるので、「クレジットカードは危険です」という意識でいないと正答になりません。

キャッシュレスとクレジットカードは切っても切り離せない関係ですが、クレジットカードの場合、デメリットを強調する授業となっています。だから、キャッシュレスを推めたいけど、キャッシュレスには抵抗があるわけです。投資に関しても、実際に学校で教えるようになると、デメリットを強調する授業となるでしょう。教えている教師が投資に無関心な人です。リスクを嫌うので、公務員になった人も多いです。

つまり、学校で金融教育をやっていないと声を上げて、現実に金融教育が取り込まれているのに、推進派の意図とは真逆の授業をしているので、金融教育をしていないように感じるという流れになるのでしょう。だから、教科の新設をして、目立つところに置いてほしい、となるのでしょう。

教科の新設とは、国語や数学のようにテストをして、評定がつく教科なのか、数字による成績がつかない道徳のような位置づけでしょうか。それよりも、「総合的な学習の時間」で扱う項目にするのが、現実的で、実現に近いと思います。それぞれの教科で学習する内容を横断的に展開していくのが「総合的な学習の時間」ですから、社会科・家庭科・数学など、さまざまな知識を総動員して「自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成」していくことになるのではないでしょうか。

「総合的な学習の時間」で扱われないとすれば、よほどニーズを感じていないということなのではないでしょうか。投資やクレジットカードは、使わなければ得はしないけど損もしないです。知らないほうがいい、寝た子を起こすな。

USBメモリ紛失事件

学校のデータ流出事件が後を絶ちません。そのときにネット上のコメントで書かれるのは、「今どきUSBメモリ使っているの?」という驚き。役所の提出書類にフロッピーディスクで提出というのも驚きでしたが、USBメモリが使われるのには理由があります。

本来クラウドで管理されるはずなのですが、学校の場合は、クラウド上のデータには、職員室からしかアクセスできません。クラウドサービスは、URLでブロックされ、使うことができません。そのため自宅で仕事をした場合、そのデータファイルは自分の学校用メールアドレスに送るかUSBメモリを使うということになります。メールはファイルサイズが制限されているので、大抵の場合分割でもしない限り無理です。操作も煩雑なので現実的ではありません。

そもそも自宅へデータを持ち出すことに問題があるのは当然の話しです。しかし、教師は働き過ぎという名目で、早く退勤することが言われています。そうすると残りの仕事は自宅ですることになるのです。

クラウドが使えれば、物理的にどこかに落とすこともありません。USBメモリだから落としてしまうのです。学校のデータ流出事件で、不正アクセスでデータが流出したというのはほとんどありません。なぜならクラウドを使っていないからです。

個人情報をクラウドに保存することは、それ自体が問題です。個人情報を含まないものはクラウドで仕事ができるようにすればいいのですが、数々の事件が起きているため、教育委員会はデータ流出が起きないように制限をします。USBメモリも使えないようにします。

すると今度は、コンピュータ自体を持ち歩こうとするのです。つまり言葉のルールで定めてもダメなので、システム的にできないようにしなければならないということなのです。

最近は、生徒用に1人1台の端末が貸し出されていて、教師用にも用意されています。するとこの端末は授業用なのでクラウドが可能です。当然仕事用に使いだします。マル秘文書、個人情報などが満載になっている先生もいることでしょう。新しいデータ流出事件の幕開けです。

増える別室登校

何らかの理由で、普通教室に入れずに別室に登校することを「別室登校」といいます。原因はさまざまです。

保護者は子どもが学校に行けば安心します。家にいて学校に行っていないと不安なのでしょう。世間体かもしれないし、学校に行っていないこと自体が心配なのかもしれないし。将来どうするの? 進学はどうするの?

すると、保護者は学校に対して、「教室には入れないけど、どこか別の教室に登校して勉強できる場所を用意してほしい」と要求します。学習する権利があると...。別室は、登校しているので、不登校にはカウントされないというのも理由の一つでしょう。

最初のころは、学級担任が対応していました。保健室登校というのもありました。1人や2人ならいいのですが、人数が増えると保健室は通常業務ができなくなり、別室専用の教室が用意されます。そしてシステム化されます。最初は先生方を輪番にして、代わる代わる別室にいるようになりました。授業数が多いと問題になっている中で、さらに時間を割かれるわけです。

そのうちスクールカウンセラーが導入されますが、別室登校の人数は増えるばかり。そんな場所があるなら利用したい、となっていくわけです。別室利用は、別室利用がある生徒がいる学級から増えていきます。

勉強しなくても読書をしているだけで登校したことになり、保護者も安心します。勉強したいけど教室には入れない子どもも、勉強も学校も嫌いだけど学校に行けと言われる子どもも同じ部屋へ。

人数は増え、40人以上になります。教室のキャパシティを超えます。すると「別室は人が多くて落ち着けないので、別の別室を用意してほしい」という要求が出てきます。

実際に卒業式は、通常の卒業式のほかに、別室や不登校用に第2部の卒業式があります。第2部の卒業式もなかなか人数が多いので、さらに別の卒業式を用意してほしいと要望され、第3部、第4部、第5部と卒業式の日の午後は、何度も卒業式が繰り返されます。

学校に行くこと自体が目的になっているようで、フリースクールが出席日数にカウントされるようになりましたが、利用率は3%程度という数字もあります。学校からは紹介しづらいです。「学校はうちの子を見捨てるのですか?」となるからです。

勉強するなら家庭教師や通信教材もあるはずです。しかし、「学校に行けばタダなのに追加出費はおかしい。学校で勉強を教えてほしい」となるわけです。

基本は「学校が原因でこうなったのだから、学校でどうにかしてほしい」という考えです。

子どものことを考えている保護者は、フリースクールなど支援機関を自分で調べていろいろ見学して足を動かします。学校に行くこと自体が目的の場合、外部機関に興味を示しません。

高校進学率は97%を超えていて、普通に登校していれば高校に行ける、そして、お金を払えばどこかの大学に入れる。大学を出ればどこかに就職できるという妄想。自分の子どもには普通の人生を送ってほしいと思う気持ち。個性といいながら普通を追い求める矛盾と不思議さ。根底は変わりそうにもないので、別室の状況はきっと変わらないのでしょう。

音楽教育の実態

音大離れ

音大に進学する学生が減っている。少子化の中で、大学に進学する学生は増えているのに、音大は小規模化が止まらないらしい。日本の音楽大学は、就職につながらないのが原因か?

「YouTubeの広がりで、音楽に接する時間は増えているはずなのに、音楽教育が広がっていかない。習い事は習い事で終わってしまっている。小中高の学校教育で、もっとしっかりと音楽の深さを体験していく必要がある」と語っている音楽家がいます。ここでいう「音楽」はクラシック音楽ですね。

音楽を専門にしている人から見るとそうなのかもしれませんが、現実の学校教育の中は、音楽や美術の授業時数は減り、評定がついたときに、なぜその成績なのかという部分で、透明性がないと見られがち。その結果、少ない時間で、テストを実施し、わかりやすい成績の根拠を収集することに力を入れています。楽しむどころか、入試科目にもない教科で課題が増え、負担が増えているだけと感じる生徒および保護者が増えているような気がする。

音楽や美術は、その国や時代の豊かさの象徴。つまり、今はそういう時代ではないということなのかもしれません。経済的に豊かで、音楽を習わせて、音楽大学に通わせ、就職活動は考えなくてもよいという家庭が減っているのでしょう。

命令形の「すること」

能登半島地震で、NHKのアナウンサーが「今すぐ避難すること!!」と連呼し、必死に避難を呼びかけていました。緊張感のある切迫した状況を伝えるものとしてネット上でも評価されていました。一方、不快に感じた人もいるようです。

「○○すること」という表現は、日常的に命令形として使うのかというと、一般的ではありません。上司から部下に使う表現でもないし、親から子に使う表現でもありません。

「○○すること」という表現について、少しネットで検索すると、やはり一般的ではなく、かなり特定された場所で使う表現です。

この表現が使われる場所は...

そう学校です。

教師が児童や生徒に対して「明日までに宿題をやってくること!!」「友達とけんかしないこと!!」などと強い命令に使う独特の表現です。かなり上から目線。対象は子供です。そして、ヒステリックな印象を伴います。

なので、視聴者は、「今すぐ避難すること!!」と連呼するのを聞くと、児童生徒だったときに耳にしていた強い口調が潜在的にリンクして、人によっては不快感がつのるのではないでしょうか。それで、ネガティブな気分になったのかもしれません。

アナウンサーは避難することを呼びかけるために、意図的に使った表現なのか、自身の児童生徒のころの潜在的に耳にした強い命令表現として、ついつい出てしまったのかはわかりません。適切な日本語ではないのでしょうが、SNSでトレンドキーワードになったくらいなので、少なくともあの状況では適切だったと思います。

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