2007年アーカイブ

ユトリストと新人類

第3回 ユトリストの脅威:ITpro

この教育環境で育った新人(ここではユトリストと呼ぶ)が社会人デビューするまで,あと1年。その破壊力は想像もつかないが,近年の新人をみるとその傾向がいくらかは見えてきた。いくつか事例を紹介するので,来年以降の新人対策として教訓にしてもらいたい。

Googleに情報があるかどうか、なければあきらめる傾向、Googleの検索結果の上位にあるものを信じてしまう傾向など、基礎知識の欠落と短絡的な思考パターンがゆとり教育世代にはあると書いています。物事を理解し、自分で考える力が必要とまとめています。

しかし、これらはゆとり教育と関係なく、ネット世代の傾向ではないかと思います。徐々に検索が高度に進化してきたのを見てきた世代と違い、気づけば家にパソコンがあり、インターネットに接続されていて、便利な環境がすでにある状態。親に聞いたり、百科事典や辞典で調べるよりインターネットで調べる習慣がついているのでしょう。

この記事を書いた著者自体、自分で「近年の新人」と書いてあり、決して「ゆとり世代の新人」を扱っているわけではないのです。ネット上で「ゆとり世代」といえば、学力不足を指す隠語で、実際のゆとり世代とは限らないのですが、この記事もそんなレベルの話にしかなっていません。

確かに学校でも、インターネットでの調べ学習が小学校からおこなわれ、児童生徒も検索結果の上位のものを写すだけ。正しいかどうかの検証や複数サイトの比較による検証はおこなわれません。インターネットの検索結果が正しいと勘違いしてしまいそうな検索学習しかしていない授業が多いのです。総合的な学習の弊害というべきです。

総合的な学習の中では、教師の既知の範囲外のものが多く扱われます。児童生徒がまとめたレポートに対して、その誤りを指摘できるほどの幅広い知識を持っているわけではありません。指導者自身が誤った知識で指導する可能性すらあるのです。例えば福祉の学習における「老人体験セット」や「車いす」による体験も、中途半端な体験ならやらない方がいいという意見もあります。

ゆとり教育の結果なのか、ネット世代の結果なのか、実際に社会人となって働くようになっても、それらの要因を切り分けることはできないのではないかと思います。少なくても、時代は変わり、違った環境で育っているのですから、いつの時代も「最近の若者の考えていることはわからない」というのは繰り返されるのです。そういう私も新人類です。

保護者が求める情報

観点別評価や到達度で単純に5段階の評定だけでなくなって久しいのですが、それでも保護者が求める情報は結局成績と順位。テストの到達度を記述しても、100点満点のテストで50点だったら到達度は50%に決まっています。偏差値でさえ、成績や順位をオブラートに包んで、わかりづらくしている数値としか思っていません。

5段階の評定は、到達度によって決定されます。なので、学年の順位や偏差値とは関連しません。それでも順位などの情報を求めるのは、受験の時に自分の子供がどの位置にいるかを知りたいからです。希望校に合格する可能性を知りたいのです。保護者の学歴は低くても、子供には高学歴を求めます。直接勉強を教えることができないので、塾や家庭教師を利用するのはもちろんですが、学校からの成績や進路に関する情報も理解できない保護者が多いのも事実です。

保護者がわかりやすい数値として、塾などの合格可能性をパーセント表示したものがあります。全く占い感覚ですが、感覚的にわかりやすいので、その資料を持って進路相談に訪れる保護者も多いです。塾などで通知される合格可能性は結構無謀だったりするのですが、70%の可能性があるからと希望を持ったりするわけです。大抵は、子供の方が「それは無理」と自分の力を冷静に見ているのが多いのですが。

学校では、観点別評価の通知など、きめ細かい情報を提供しています。占いのような合格可能性みたいなものではなく、事実に基づいたものです。しかし、そんな情報には関心がないようです。結果だけ見て、「どうして5じゃないですか?」とすでに提供した情報を無視した発言。

つまり、学校で丁寧に情報を流しているのに、保護者側は単純でわかりやすい情報を求めているので、双方はかみ合わずに「学校は閉鎖的」などという言葉になるのでしょう。学校でも「ラッキー教科」みたいな情報を提供しないとダメでしょうか。

キレる原因

感情を引き起こす「脳内物質」とは?〜 快感やキレる感情はなぜ起こる

最近、うつに悩む大人が増えたり、キレる子どもが多いですよね。このような人は、セロトニン神経のネットワークがうまくはたらいていない人に多いのです。

以前からキレる子供の原因は、食事が原因と考えている人が多く感じられました。栄養の偏りなく食べるようにと食育を勧めたりと。

しかし、キレる子供がコンビニ弁当を好きだったり、インスタントラーメンを好む傾向は確かにありますが、決してコンビニ弁当やインスタントラーメンが好きだからといって、キレる傾向にあるわけではないのは、現場の先生方は当たり前のように感じていたことだと思います。

また、朝食を抜くのは良いことではないのはもちろんですが、朝食を抜く子供がキレたり、非行に走るのではないのも同じです。一種の統計マジックというか、疑似科学というか、表面的な研究でずいぶん現場を惑わせてきたように思います。栄養を改善すれば、キレる症状が改善されるという簡単なものではないのです。

キレる子供がコンビニ弁当やインスタントラーメンが好きなのは、家庭で安易にコンビニ弁当やインスタントラーメンを食事としているので、その味に慣れてしまったというだけだと思います。慣れた味はおいしいと感じるのは誰でも同じ。普通は「家庭の味」というものになるはずのもの。その「家庭の味」がコンビニ弁当やインスタントラーメンの味となるのですから、悲しい現実が家庭内にあるのは想像にたやすいでしょう。

つまり、共働きや母子家庭・父子家庭で子供をほったらかしとか、食事の準備ができないとか、子供が正常に成長する環境がない場合に、子供に知らず知らずにストレスとなり、キレたりするわけです。父親の単身赴任で子供が無気力になったり非行に走ったりする例もよく見かけます。もちろん共働きや母子家庭・父子家庭でも、家庭の環境がしっかりしていれば、子供は普通に育っています。

ただ、食育が無意味ということではありません。栄養を考えた食事を出すということは、子供の健康や成長を気に掛けるということ。親の意識が変われば子供も変わります。気に掛けるためには、その時間帯は家にいるということです。

原因は割とはっきりとしているのに改善するのが難しいのは、家庭の環境を変えるために親の環境も変えなければならないことです。そこには収入のために仕事をしなければならないという現実があります。収入がなければ食べるものも食べられなくなるのです。ここが結構ネックとなるところ。仕事を理由に改善を拒否しているようなもの。子供が改善しないのはそういうパターンが多いです。

「起きている時間のほとんどは学校にいるのだから、学校の責任」と主張する親が増えてきているのも困った問題です。

教職員76%「忙しすぎる」 組合活動に消極的な理由

 組合活動に「積極的に参加したい」と考える教職員は9%だけで、消極的な理由について76%が「多忙で組合活動まで考えられない」と回答、学校職場で進む組合離れの実態が25日、日教組が初めて実施した組合員の意識調査で明らかになった。

回収率59パーセントということは、もっと忙しいと思っている人がいるということですね。組合のアンケートに答えているほど暇じゃないということです。でも、それより組合活動をがんばっても、現実として給料は減り、仕事は忙しくなり、その割に批判されるばかりで、良いことなし。

サイレント・マジョリティ

「物言わぬ多数派」という意味ですが、ノイジー・マイノリティと合わせて、日常よくあることだと思います。
もちろん学校がらみでも。

「勉強が難しいからゆとり教育を…」というのも、声を出していたのは生徒だった時代に勉強ができなかった議員さん達。
到達度評価になり、順位や偏差値が無意味になり、保護者に通知しなくなると、受験を考える多くの保護者は不便になりました。
学校評価のアンケートも、ノイジー・マイノリティの意見で学校が変わっていくのですが、マイナス面を感じない多くの人はサイレント・マジョリティです。
アンケートだから傾向がわかると思いがちですが、未提出の保護者がサイレント・マジョリティなのです。

教室の中でも「席替えをしたい」とか「あの先生は嫌いだ」などとノイジー・マイノリティはたくさんいます。大抵の場合、ノイジー・マイノリティの生徒はノイジー・マイノリティの親を持っていたりします。

職員室もそうだったりします。一部の先生の都合で流れが変わったりすることもあります。

「ゆとり教育」見直し、賛成8割=免許更新制導入求める−時事世論調査

 時事通信社が18日まとめた世論調査結果によると、学力低下の原因と指摘される「ゆとり教育」について、約8割が見直しを求めていることが明らかになった。また、終身有効の教員免許に関しても、更新制導入を求める意見が約8割に上った。教育現場への根強い不満が浮き彫りになった。 

「教育現場への根強い不満」ってありますが、ゆとり教育も免許更新制も現場の問題ではありません。
さらには、ゆとり教育に賛成していた人は、現場ではほとんどいませんでした。世論もそうだったと思います。

当時の街角の演説で「学校の勉強は難しい」と声を張り上げていて、今思うと恥ずかしく思うことでしょう。
一部の落ちこぼれ議員が、この流れを作ったということでしょう。

全員が5をもらい、落ちこぼれがなくなることを夢見ていたのでしょうが、現実は正反対の結果となってしまったのです。

通知票のコメント欄廃止へ

先生コメント欄「真っ白」 小樽・6小学校の通知表 1校は30年

 通信欄に何も記入しなかった教員は、各校の校長に対して、「記録に残るので、うかつなことは書けない」「個人面談や保護者会を通じ、コミュニケーションはとれており、書く必要がない」などと理由を説明したという。

個人面談でじっくり話をしているので、通知票のコメント欄は、校内の点検で通過する程度の差し障りのない内容を書くことが多いです。やはり文字として残るものなので、悪いことは書けません。多少事実と違っても、良いことを書きます。もちろんもらった側は、ほめられればうれしいので、意味がないわけではありません。自己暗示で良い方向に変わっていく生徒もたまにいます。

それでも、時間数確保で、教育現場の時間的余裕は年々減っています。もらう側にとっては、短い一言コメントですが、何日もかけて、膨大な時間を費やします。それらの作業を個人面談の日程と並行して行われるのです。コメントを記入するのに使う時間は、殴り書きで1時間、通常2時間は必要です。それも下書きから写す時間です。下書きを作るのに2、3日使います。

しかし、将来を考えると、事務仕事の軽減として、通知票のコメント廃止は今後の流れとなってほしいものです。事務仕事より、子供たちと接する時間の確保が必要だと思います。

いじめと自殺のゆとり教育

結局、心のゆとりどころか、いじめと自殺で泥沼のゆとり教育で終焉してしまうのでしょうか。
一生懸命がんばっている生徒というのは、勉強も部活も委員会も何でもがんばります。
がんばることに垣根はないのです。意欲的な生徒は、何事にも意欲的です。
一方、勉強が苦手とか運動が苦手という生徒は、引け目があって意欲がわかない生徒が多いです。
教科書が薄くなっても、机に向かわないので、同じこと。

問題は中間層。宿題や課題など、やることがあればそれに取り組みます。
そうすれば、時間は勉強に割かれ、余計なことに費やす時間が減るはずです。
若者にとって、「ヒマ」は敵です。
暇な時間が多ければ、いろいろなことを考えますが、その中では悪いことも思いつきます。
ゆとりを与えることで、悪い方向へ向かう確率が多くなるのだと思います。

ある程度、突っ走って、大学に入ったあたりに一息つき、考える時間が与えられるくらいがちょうど良いのではないかと思うのです。
ゆとり教育の中でも、塾や習い事をさせ、子供を忙しくさせている方が、健全に育っています。
「忙しくてかわいそう」っていうより、知識や社会的なマナーを詰め込ませることの方が、将来の幸せにつながります。
そう思えば、全くかわいそうではないのです。

ゆとり教育の導入前に、「今の子供は忙しくてかわいそう」とか「勉強が難しすぎる」と新聞の投稿に書き込まれていました。
そう書く人は、勉強が嫌い→学歴が低くて、ヒマな人たちだったんです。
一種のクレーマーの意見を取り入れてしまったんです。
そして、ゆとり教育で、そういう人たちの分身を世の中に大量に排出したわけなんですね。

学歴があって、仕事を持ち充実した生活をしている人たちは、勉強が難しすぎるなどとは感じないし、自分がかわいそうだったとは思っていないので、新聞の投稿に書くこともないですから。
批判的な意見が世間全体の傾向として受け止め、それを実行してしまった失敗。

ゆとり教育で育った人たちが、今の時代の保護者となっています。
そう簡単に取り戻せるものではないでしょう。

学校の週5日制を見直し?

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 「学校の週5日制、見直し必要」太田公明代表

基礎学力の低下や公立と私立の格差などの教育格差問題に対応するため、週5日制の見直しも含めた議論を丁寧に進めていかねばならない

当初導入したときの週5日制のねらいは、『子どもの生活全体に「ゆとり」を持たせ、子どもが自ら進んで活動できる時間を増やし、学校、家庭、地域社会が協力して、子どもたちに社会体験や自然体験をさせることによって、豊かな人間性、健康・体力などの「生きる力」を育む』とありましたが、結局目的は達成できていないでしょう。

検索をしていると、導入した2002年の5月の記事で、『NBonlineプレミアム ビジネス世論 : 学校の週5日制に賛成?』というのを見つけました。反対派の意見はその通りで、地域の受け皿や保護者の負担等、今も変化はありません。反対派が多いまま、理解されずに実施されたのでした。

しかし、表向きの導入理由は、子供のゆとりや子供を地域で育てるなどと言っていましたが、実際には労働時間の問題で、諸外国の労働時間との関係で圧力があったからと言われています。なので、週5日制を見直すといっても、戻すことはできないのではないでしょうか。最初から弊害をわかっていて、始めたことなんだから、「やっぱりできませんでした…」って何とも情けない話です。

今でも続く「自殺予告」

実は、今でも「自殺予告」のメールや手紙は続いています。でも、マスコミもバラバラ事件で新しい話題ができたし、マンネリ化してしてしまったので、もう取り上げていません。結局、マスコミが作り出したブームだったのです。まあ、予告を出す児童生徒ももう話題にもならないことを知れば、そのうちやめるでしょうけど。

そもそも心配してほしいなら、そんな手段は取らないはずなんですよね。何の同情も得られないですから。子供の発想としては、学校を休むことで心配してもらうことから始まります。先生からの電話を待っているんです。

奉仕活動必修に

奉仕活動というか、職業体験であれば、効果が得られることは、実施した学校であればよくわかること。ただ、「未成年による凶悪犯罪増加やいじめの深刻化」とどうつながるのかが、今ひとつ。どちらかというと職業体験によって、基本的な社会のマナーにふれることと、職業を意識することでの学力向上が得られると感じています。実際、進学校で、授業を増やすより、職業体験を増やした方が、学力が向上したという報告があります。

それについては、授業時数を10%増やすという話にも関わってきますが、単にやればいいというわけではないということ。ゆとり教育以前の状態に戻すといっても、すでにゆとり教育が開始した後の人たちが親になっているのですから、単純に形だけ戻しても、中身は戻りません。

話を戻して、もう一つ、職業体験の意外な効果があります。教師が一般業種の人たちと打ち合わせなどで出向くことで、普段閉鎖的といわれる教師が外の空気に触れることができます。これは結構興味深く、ためになります。時には、学校の話をすれば、逆に教師の実態も一般の人に少し理解してもらえるわけで、一石二鳥ともいえます。

「開かれた学校」とPRし、授業参観を増やしたり、ホームページを作成・更新したり、文化祭の一般公開をしたとしても、常に受け入れる側に立っています。そうではなく、教師が出向いていくことの刺激というのは重要です。もちろん次の日に何かが変わるというわけではありません。それは生徒も同じです。意識の向上が長期的な視点でプラスになっていくのです。

また、いろいろな未成年の報道がされれば、商店街を歩く子供はいつ万引きするかわからない危険人物にも見えるそうです。職業体験で生徒がお店の人と会話をしたりする中で、大人としての関わり方も変わってくるということだそうです。

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