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2005年4月アーカイブ

学校にある図書室は、「図書館」ということになったらしいです。
学校図書館法に定められたものなので、「図書館」というとのことですが、
小学校や中学校にあるものも「図書館」と呼ぶそうです。

でも、「館」という漢字には「大きな建物」という意味があり、
小中学校内の「図書館」の教室は、とても図書館と呼べるサイズではありません。

誰のこだわりかはわかりませんが、「図書館」と呼ぶそうです。

理科室、音楽室、調理室…、やっぱり図書室が適切ですよね。
体育館と図書室が同じ大きさ?
大学ならわかりますが、やっぱり教育現場をわかっていないと思う。

子供が先生に批判的になるのは、大抵親の学校に対する姿勢の表れ。
親は子供のためを思って、あれこれ考えているとは思うのですが、
それらが子供のフィルタを通したときに、そのような行動になるようです。

逆に問題がある生徒でも、親が学校に協力する姿勢があれば、改善の見込みが大きいです。
確かに教師も人間ですから、相性というものはあると思います。
でも、教育の元では同じ目的があるのですから、結局は同じ方向を向くべきなんですよね。
微妙な方針の違いはやっぱり話し合いですよ。

学級の雰囲気は、集まった生徒によって決まるように思われますが、
実は、保護者の学校に対する姿勢で大きく左右されるのです。

確かに単純に「協力してください」と言って、協力してもらえるものでもなく、
教師側の努力があり、それが協力するに見合うものかどうかによるんですけどね。

教育の改革は、考えてみると様々な変更は、マスコミ対策のように思えるのですがいかがでしょう。

例えば、「勉強が難しい」→「内容を減らそう」
「人数で成績を決めるのは変だ」→「絶対評価にしよう」
「詰め込みの知識だけの教育でいいのか」→「総合的な学習をしよう」
などという具合です。

それぞれの弊害も検討されないまま、まるで思いつきのように実施しています。

マスコミの意見は、社会全体の意見のように語られるので、本当にそれらの意見が大多数なのかは検証されていないと思います。「勉強が難しい」とか「学校の勉強は社会で役に立たない」と街頭演説をしていた議員もいましたが、学校批判だけのその演説は、批判だけで終わり、解決策はありませんでした。批判するのは簡単です。

そんな声や新聞の投稿欄に寄せられるものを中心に、マスコミは学校批判をするのでしょうが、それに対して、行政も何かしないと信用を失うわけですから、いろいろな改革をするのだと思います。正直言って、「ご苦労様」という気持ちになります。

文句がなければ批判はしない、反対意見があるからあれこれ批判があるわけで、それは大抵一部の人たちだけだと思うんですけどね。その声を大きくして、全体の意見のようにしてしまうマスコミも恐ろしいものがあります。所詮、海外の事故で、日本人がいなければ良かった良かったとコメントしているレベルですから。

「学問に王道なし」と言われますが、それでも教育現場ではあの手この手と工夫をしているのです。一番大切な意見は、マスコミの意見ではなく、実際に私たちの教育で学習している子供を見ている保護者の意見です。物騒な世の中で学校の玄関は鍵が閉まっていますが、家庭訪問や懇談会、授業参観など、本質的な部分では学校は開かれていますから、ぜひ足を運んでいただきたいです。

今、学校が置かれている立場を考えながら、学校の中を見ると見方は変わると思いますよ。

 中山成彬文科相は同日の会見で「学力向上の傾向が若干、見えた。現場の頑張りの結果だ」とし、学習指導要領見直しの姿勢は「変わらない」と強調した。

ゆとり教育、絶対評価など、教育現場だけでなく、家庭でも危機感を抱いている。その結果、限られた時間の中で授業を工夫したり、保護者も塾や家庭教師などに積極的になる。

保護者としては、今の高卒でも大卒でも就職が厳しい時代となれば、少しでも高学歴を目指しているようです。家庭から学校への要望は、具体的なものとして寄せられてきています。そうすれば、学校としてものんびり「ゆとり教育」だなどと言っていられません。

それでも時間が足りません。具体的には下位生徒の補習をするような時間がないんですね。以前は、土曜日の午後とか、平日の放課後も利用できたのですが、50分授業が強制され、冬の下校時は、日が落ちている状態です。北海道特有のことですけど。

習熟度別授業も現在の教員数では実施できない学校もあるんですよね。例えば数学の先生を同時に2人配置することができないほど、ぎりぎりの人数しかいないんです。2クラスを同時に2クラスに分ければ可能な学校もありますが、小規模校だとそれすらできません。時間的な余裕もなければ、教師側の物理的な余裕もありません。

「あーすれ、こーすれ」だけでなく、行政側の対応も変わってほしいんですけどね。

新人教諭が教室で自殺 埼玉県越谷市の小学校

 19日午前9時半ごろ、埼玉県越谷市千間台西の市立千間台小学校の図画工作室で、4年生担当の男性教諭(22)=同県幸手市=が首をつって死んでいるのを校長(55)が見つけ、119番した。越谷署は現場の状況から自殺とみて調べている。

22歳ということは、代替経験なしの本当に新任だと思います。
まだ、4月中旬。教育現場の実態を目の当たりにして、自信をなくしたのか、
それとも私的なことなのでしょうか。

あまりにもショッキングな事件ですね。

So-net blog:しょちょうの日記:日本の教育・英国の教育

「努力すれば報われる」という信仰を実現するためにすべての教育制度が形作られている。

終身雇用の崩壊で、地道に努力すれば大丈夫という社会じゃなくなっているから、
日本の教育制度も変わっていかなくてはいけませんね。確かにその通り。

能力が重視されるイギリスと努力が重視される日本。
でも、実際には日本の教育制度はすでに努力させることはしていないんですよね。
大量の宿題は、体罰同様タブーな雰囲気で見られています。
保護者の話を聞くと、大量の宿題は子供がかわいそうといいます。
以前よりも薄くなった教科書ですら、重たそうでかわいそう。

かといって、能力を伸ばそうというカリキュラムにはほど遠い現実です。
「生きる力を育てる」という合い言葉に文部科学省を頂点にがんばっているのですが、
生きる力の解釈があちらこちらで違っているのが原因なのでしょう。

スカート丈が長いと不景気で、短いと景気がいいというのが20世紀初期にアメリカで言われたのが最初らしいのですが、今の日本では、反比例するというのが一般的に言われていることで、反対になっています。

今は、スカート丈が短く不景気ですが、徐々に景気が良くなるのと反比例して、長くなっていくのでしょうか。

どちらにしても、ちょうど良い長さでおさまらないのは不思議です。

ルーズソックスは完全に一時的な流行で終わりましたね。流行でなければダサくてはいていられません。

結局、学校間のばらつきが減ることを良いこととしている。
最初は、学校ごとに違っても良いと言っていたのに…。

何かの物差しでばらつきがなくなるまで、この平均化は進むはず。
あるいは、学校選択制が導入されたとき、評定の甘い学校に生徒が増えるとか。

収容できないほどの生徒が集まったらどうするのでしょう。
試験はできないだろうから、抽選?

MSN-Mainichi INTERACTIVE 教育ニュース

5段階評定の各評価の割合は学校間のばらつきが減少したが、教科によっては「5」の割合でなお最大約20倍の学校間格差があった。

定年前に退職している先生が増えているとのこと。
さらに精神性疾患のために病気休職する学校の先生も増えているらしい。

時間が減った上に、仕事量が何倍にも増えています。
過労死する先生やそれに近い原因で死去する先生もいます。

でも、どう大変なのかは、一般の人には言葉で説明しても理解してもらえないと思います。
実際にPTAなどで学校に数多く出入りしている保護者の方は、その一部を見ても大変そうだと見てくれていますが、それはほんの一部です。

しかも、文部科学省の方針でやっているのに、学校への批判。
その方針もころころ変わるので、そのために会議で議論し、資料を作成する。
一定していれば、前年度の熟成という形で運用できるのに、新規で作り上げるものばかりだから、膨大に時間がかかるんですよ。
それだけが仕事だったらいいんですけど、そういうわけにはいきません。

少なくとも精神的なゆとりがないと、子供にもゆとりをもって対処できないと思います。
その結果、体をこわし、過労死に至るわけです。

 定年前退職者が増えている原因について関係者は、(1)5日制になって一日少な い日数で教科を教えなければならないうえ、新しく導入された総合学習の準備がある など教員の負担が大きくなっている、(2)教員の事務的な仕事が増えた、(3)定 年前退職者に退職金を上乗せして退職勧奨制度を実施したため、などを挙げている。 (毎日新聞3月28日付け朝刊)

まず「『先生の通信簿』は採点が『甘め』」って批判的な書き方ですよね。
一生懸命やっている結果だと思うのに、もっと低い点数を予想したんでしょうか。

韓国では、教育に関する体罰は復活したけど、日本はそういう方向ではないので、どうにか話しでねばり強い指導が主流になっています。
そんな中で、話を聞くことになるため、結果として「相談しやすい」ということになってくるのだと思います。
週5日制などで、時間がなくなっているのに、子供の相談に時間を割いている現状を知ってほしいと思います。

子供にとっていい先生が、本当にいい先生であるとは限らないので、この結果が良くなかったとしても問題ないんですけどね。先生方が考えているのは、子供のご機嫌取りではないですから。まあ、教え方へのコメントは慎重に耳を傾けないといけませんね。わかりやすいと思ってくれないと、勉強をする気持ちも高まってくれないので。

 社団法人「全国珠算教育連盟」が首都圏の小学4〜6年生300人に担任の先生を 採点してもらったところ、平均点は77・3点だった。全体の8割近くが70点以上 をつけており、全体的に「先生の通信簿」は採点が「甘め」のようだ。

 男女別でみると、女子は80・2点で男子の74・4点より高い。学年別では、4
年生79・8点▽5年生77・4点▽6年生74・6点−−と学年が上がるほど平均
点が低くなった。これは自我の発達とともに、先生への反発心が芽生えたり、教え方
への不満が生じるためではないかと同連盟は分析している。

 どんな先生かを聞いたところ、90点以上をつけた生徒のうち95・2%が「教え
方が上手」と答え、「やさしい」「元気」「相談しやすい」がいずれも76・2%。
「人柄がよく、教え上手でコミュニケーションが取りやすい」先生が、評価を得てい
るようだ。